英語 翻訳の新たな展開

ハリウッドからはジョークのネタにされても、本当にプロの人材養成機関と思われていなかった、フィルム・スクールと呼ばれる大学の映画学部や学科は、卒業生が『ゴッド・ファーザー』、『スター・ウォーズ』、『ジョーズ』などのメガヒットを出すに至って形勢が変化してくる。
カルフォルニア大学ロサンゼルス校大学院のフランシス・フォード・コッポラ、USCのジョージ・ルーカス、UCロングビーチ校のスピルバーグ、ニューヨーク大学(NYU)のマーティン・スコセッシの4人の成功者は、連帯感を持ち、お互い結びつきを深めていた。
彼らに共通するのは、ハリウッド生え抜きの映画人とは異なり、海外の映画をよく見ており」ともすればハリウッド映画よりも海外の映画を高く評価していたことだ。
そして彼らが共通して敬愛していたのが、黒澤明だった。
コッポラとルーカスは『影武者』を、スピルバーグは『夢』をプロデュースし、スコセッシは『夢』の「第五話鵠」のエピソードに、黒澤に請われてゴッホ役で出演をしている。
ルーカスはさらに、母校のUSCの映画テレビ学部に「ロバート・ゼメキス・デジタル芸術センター」ができたとき、施設内にスタジオを作る資金を寄付し、そのスタジオ名を「アキラ・クロサワ・スタジオ」と命名したいと望んだ。
USC側から私に黒澤家との仲介の依頼があり、黒澤家は命名を快く許可された。
が、進学以前の一七歳のハイスクール時代に『七人の侍』を見て、日本でサムライの映画を作りたいと思ったという。
日本文化に興味を持った彼は、ハーバードでE・0・ライシャワー元駐日大使から日本史を学ぶ。
を翻案したこれまでのハリウッド映画とはまったく異なるものであった。
霧が立ちこめる森の中から、武将たちが現われる『蜘蛛巣城』のようなシーン、『七人の侍』のような隠れ里、のものだった。
ズウィックは、『ラストサムライ』の前に撮った『戦火の勇気』でも、『羅生門』から複数の登場人物の視点から描くラショーモン・メソッドあるいはマルチ・ヴォイスド・ストラクチャー(多義的構造)を援用していた。
殉職した女性パイロットに名誉勲章を授与するかどうかを、生き残り兵士の証言に合わせて物語は展開する。
『羅生門』のマルチ・ヴォイスド・ストラクチャーは、数々の物語に繰り返し使われ、最近では『閉ざされた森』や『HERO』でも使われた。
『羅生門』は、リアリティーが認識者によって異なるということを説得力をもって提示したため、海外の学会でも超大作である。
掘影のために、大手映画会社ワーナーの駐車場を取り壊して、日本の明治初期の町を作り、草が生えるまでに要する時間を見越して、合戦場面のために何カ月も前に整地した。
『ローレライ』の樋口莫嗣監督は『ラストサムライ』を見て、私にこう嘆いた。
「本来なら日本人が作るべき映画を、アメリカ人に作られてしまった」。
フィルム・スクール出身の映画人は黒澤作品の製作を現実に支援することで、彼らは彼らなりの黒澤への恩義を果たしたが、ズウィックは『ラストサムライ』で、黒澤明亡き後、新たな恩義の果たし方があることを示したのである、それは、日本人が黒澤明の作ったような作品を作ることができないなら、自分のやり方で、黒澤明の功績を継承してあげるということであった。
かつてゴッホが友人への手紙に浮世絵について、こう書いたように。
「もし、日本人が彼等の国でまだ進歩していなければ、その美術は当然フランスで引き継がれるだろう」。
『ラストサムライ』と『キル・ビル』は、ゴッホと同じ出発点に立ったのである。
石原慎太郎作品から生まれたヌーヴ工ルハーグハリウッド映画が、テレビや新たに登場したビデオゲームに客を奪われ、さらにはヴェトナム戦争で海外の市場まで急激に失っていたとき、フィルム・スクール出身の若きフィルムメーカーの血を入れて、復活の道筋をつけた。
そして彼らが披露した新しい表現は、日本から学んだものが少なくなかった。
同じことは、二十年も前にフランスで既に実証済みだった。
大きな変化は中心からではなく、必ず周辺から起こる。
フランスではアンリ・ラングロワが中心となって、映画のアーカイヴ作りに一九三六年から着手し、現在の「シネマテーク・フランセーズ」に至る。
ラングロワとシネマテークについてはリチャード:フウド『映画愛アンリ・ラングロワとシネマテーク・フランセーズ』だけではなく、国内外を問わず、また駄作として見向きもされない映画でも、分け隔てなく上映したので、若いフランスの映画人は多くの新しい表現に接する機会を得た。
ルーカスにとっては民間のトーホー・シアターが日本映画を見る機会を提供し、フランスではシネマテークという公的機関がその場を提供していたのは、国情を反映していて興味深いが、同じ時期、日本では、あまり知られていないような海外作品を見るという機会は保証されていなかった。
ラングロワが上映した中の一本に、『狂った果実』があった。
一九五五年、石原慎太郎が一橋大学在学中に書いた『太陽の季節』が、翌年、第三十四回芥川賞を受賞し、「太陽族」の流行語を生み出し、社会現象となった。
『太陽の季節』の映画に端役で出演していた憤太郎の弟、石原裕次郎は、圧倒的な存在感を示し、日活の水の江滝子プロデューサーは次の『狂った果実』で彼を主役に抜擢した。
映画『太陽の季節』は、監督の古川卓巳が脚本も執筆したが、『太陽の季節』の大ヒットにより、日活は石原慎太郎のまだ完成してもいない小説の権利を買い取り、脚本も石原傾太郎に依頼した。
監督の中平康は、前作『狙われた男』が監督第一作となっているが、当初は助監督としてついたものが事情があって監督に昇進した作品で、最初から監督としての意識を持って取り組む作品は『狂った果実』が初めてだった。
裕次郎の初主演、惧太郎の初映画脚本、中平康の正式には初監督作品であった。
これまでの映画の構造をたたき込まれていない傾太郎が書いた脚本、それも本人の弁では、ので、演技のトレーニングなど受けたことのない裕次郎を、新人監督が撮ることになった。
また、映画会社が嫌う、水上での撮影が多い作品だった。
演技のできない裕次郎は思ったように動いてくれない上に、野外、特に水上での撮影は手持ちカメラを使って、なんとか撮影を行ない、カット割やイマジナリー‥フィンなどの映像文法にこだわっている余裕などなかった。
その結果、『狂った果実』は、裕次郎特有の動きを追い、彼の個性そのものを掘ったドキュメンタリーになっていた。
『狂った果実』は日本での公開の翌年の一九五七年には、もうパリのシネマテークで上映されていた。
『狂った果実』を見たフランスの若き映画人は衝撃を受けた。
映画には文法があり、「映画というのはこう撮るものだ」とすり込まれていたのに、『狂った果実』は、そういったことを無視しても作品として成り立っていた。
役者の演技力などなくても、役者をドキュメントするだけでも映画として成立する。
きちっとカット割りしなくても、手持ちカメラで被写体を追えばいい。
ぶれていてもいい。
既存の形式に囚われている必要がないことを自覚させたのである。
こういった表現手法に影響を受けてジャン=リュック・ゴダールはったと言われている。
これまでの映画の概念から解放されたような『狂った果実』は、これまでの映画の作り方のルールを知らなかった若者故に生まれ出た奇跡の作品だった。
後に香港に招かれた中平康監督は、名前を楊樹希と変えて、『狂った果実』を自らでリメークもしている。

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